月夜のドライブ

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『CINEMA RETURNS』シネマ

画像アルバムをトレイに載せて、音が放たれた瞬間に、一気に高校生のあのころを思い出した。少ないお小遣いと引き換えにずっと楽しみにしていた一枚のアルバムを手に入れ、部屋のステレオの前で深呼吸したあのころ。真新しい紙の匂いを感じながらジャケットを眺め、半透明のレコード袋からピカピカの塩化ビニールの円盤を引っ張り出し、そっとターンテーブルに載せて針を落とす。その瞬間の、周囲の色彩が一気に変わるかのような衝撃。そのころ音楽はいつも、暴力的なぐらいに、真新しい世界への扉だった。

 

いつのまにか少しずつその衝撃をなくしてきたのは、音楽のせいじゃなく、たぶん、こちら側の事情。年齢のせいだったり、生活のせいだったり、磨り減っていく感性のせいだったり、ね。でもシネマの26年ぶりのこのアルバム『CINEMA RETURNS』は、私の中に、忘れていたあの衝撃をあざやかにぶちこんできた。そうだ、音楽ってこんなにキラキラだったっけ。音楽ってこんなにポップで、こんなにカラフルで、こんなに愛くるしくて、こんなにドキドキなものだったっけ!

 

私は、80年代の入り口にこのバンドが存在していたときのリアルタイムのリスナーではない。にもかかわらず、26年ぶりの彼らの音を聴いてつくづく「なんてシネマらしいんだろう!」と言うしかなかった。さえ子ソロともちがうしBOXでもないしましてタイツでもない、近いとは思うけれど松尾ソロともやっぱりちがう、シネマというグループのこの世界は、他のどこにも絶対に見つからない、シネマだけの個性なんだ。どうだろう、オープニングの「オールキャスト」から2曲めの「GALAXY LOVERS」へと流れる軌道のあざやかさ。ポップとロックがこっくりと甘く優雅に複雑に混じりあって、それが手元の宝石箱におさまるのじゃなく、マジカルなアレンジとタフな演奏で宇宙空間へと打ち上げられる、そのスケールの大きさ!

 

“SPACE”という単語の中にもずいぶん窮屈な空間しか描けなくなってきている、今の多くの音楽を尻目に、26年ぶりにひとつの場所に集まったこのメンバーのクリエイティビティの総力は、あっさりと2007年の大気圏を破ってしまった。はてしないランドスケープ、流れこむ斬新な空気。松尾清憲、鈴木左衛子、一色進、錦織幸也、小滝みつる、このメンバーならそうなるだろうとある程度は思っていたけれど、まさかここまでの破壊力とは。プロデューサーの鈴木慶一さんも予想していなかったんじゃないかな。

 

そして、各メンバーの書くメロディの素晴らしさ、相変わらずの(「相変わらず」という言葉が26年の幅を持つなんて広辞苑もビックリだと思うけど!)アレンジの果敢さはもちろんのこと、このアルバムで驚かされたのは、彼らの演奏のみずみずしいまでの疾走感。まるで10代の少年が鳴らすように過激に唸る錦織さんのギターや、独特の重たさとりりしさを持つ左衛子さんのドラム、この演奏が扉を蹴破ってるおかげで、このアルバムは「四半世紀ぶり」の語感に閉じこめられることなく、こんなにも自由に伸びやかに風の吹く場所で響きわたっているんだと思う。

 

アルバムのすみずみに仕掛けられた意匠の楽しさも格別。プロデューサー・慶一さんの「And action!」の一言で、止まっていたフィルムが再び動き出すようにアルバムが始まったり、「Rock'n Roll Stars in Heaven」の中にファーストの1曲め「スイッチ・オン」のワンフレーズが顔を覗かせていたり、再結成シネマをアルバム制作にまで至らせたキーパーソンである堂島孝平くんをコーラスに招いていたり。アルバムにちりばめられた、そんなトリッキーな遊びのひとつひとつにニヤニヤしてしまう。しばらく忘れていたこの感覚。そう、ポップスってこんなふうに謎に満ちあふれてるものだったよね。

 

まさに粒揃いと言っていい作品たちの中で、とりわけ私のプレイヤーでリピートが止まらないのは、まずは左衛子さんの「Rock'n Roll Stars in Heaven」。左衛子さんのメロディもボーカルも仕込まれたアイデアも、あまりにクールでキュートで惚れ惚れ。男連中のいかにも情けないコーラスを従える、彼女のうるわしい姫っぷりがまたステキでステキで。個人的には「♪ボンゾ・ドッグ・バンドが~」って一色さんの声で歌われるところにじつはいちばんクラッときちゃうんだけど、ね。

 

そしてその、一色進の詞曲である「ミセス・センチメンタル」。これは、ヤバイでしょう。一色進、いったい何百回女を(具体的には私を)泣かせれば気が済むんだろう、と思う。これには伏線があって、それは例のジャック達のレコ発ライブのときに配られた「『HILAND』攻略本」で明かされていた話なのだけれど、その一色さんの文章によると、ジャック達のレコーディングとシネマの制作が同時進行していた時期、彼の中で「スタンダード」と呼ばれる曲が2曲できていて、それが「水溜り画廊(ギャラリー)」と「ミセス・センチメンタル」だったと。「アルバムにはそんな曲は1曲あれば十分なので」、どっちかをジャック達にどっちかをシネマに振り分けようと考えたのだけれど選択に悩み、GGPさんに相談したら、彼が「水溜り画廊」を選んだのだそう。もう、ここで号泣です、私は…。以下、一色さんの文章を引用、「そして2曲は別々の場所で録音されて、それぞれで居場所を得た。『ミセス・センチメンタル』は松尾清憲のヴォーカルでそのメロディ・ラインが強調され、『水溜り画廊』は、オレのヴォーカルでその歌詞が強調され、今にして思えば収まるところに収まった。」…ああ、ほんとうにそうだね。「ミセス・センチメンタル」は、こうしてみれば、シネマの作品である以外考えられないし、「水溜り画廊」は、一色進に歌われてジャック達で演奏されるほかありえなかったと思う。ああ、音楽ってもののとうとさ、いとおしさに、涙が出ちゃうな。…それにしても、と思う、これほどの掛け値なしの名曲を1年に2曲も別々に生み出すことになった、一色進って人の才能の底知れなさをどう考えればいいんだろう、って。

 

さらに、「Backpacker Girlfriend」だ。心底カッコいいなあ、この曲。錦織さんのギター、左衛子さんのドラム、一色さんのベース、小滝さんのキーボード、松尾さんのヴォーカル、そして間奏の慶一さんのブルースハープ、左衛子さんの“エスニック・ヴォイス”、全編で淡々と鳴ってる夏秋さんのシェイカー(慶一さんのこの日の日記参照)、すべて、何らの不足も過剰もなく、まったき完璧でしょう。音楽ってここまで完璧な形を取りうるんだ、というシンプルにして深い驚き。もっとも驚愕すべきなのは、一色さんがシネマブログで書いているように、こんなおそろしいド名曲が、平気な顔して11曲めなんて位置で不意討ちかけてくるってことだ。全14曲中「ミセス・センチメンタル」が5トラックめで、「Backpacker Girlfriend」が11トラックめって、そんなぜいたくな配置、ふつうのバンドでは考えられない。なんておそろしいアルバムなんだろう、『CINEMA RETURNS』…。まったく、想像を絶してた。2007年の最後で、こんな作品に引き合わされるとは。

 

まだいくらでも書けるけど、いいかげんやめておかないと睡眠時間が…。最後に、月ドラの大したことない過去記事で細々と、シネマ再結成の足どりを振り返ってみたりします。

 

ムーンライダーズのライブで、シネマが一夜限りの再結成をすると聞いてびっくり。これが06年2月のことでした。すっごい昔の気がするけど去年か…。

「うわーーーーっ」

■週末に控えたライブを楽しみにしつつシネマの思い出を語ってみた記事。

「週末はシネマとポータブルロックとムーンライダーズ」

■で、ライブ。シネマのあまりの現役感(と、ギターの錦織さんのカッコよさ)にブッ倒れる。  

「ムーンライダーズ、シネマ、ポータブルロック@新宿ロフト」

■ライブの2カ月後に、シネマのベスト盤、まさかのリリース。アルバム1枚しか出してないバンドなのに、なぜか2枚組。

「シネマ『GOLDEN☆BEST』」

■さらにまさかのシネマ再ライブ。4月の再結成ライブを観ていた堂島くんからオファーが入り、この日のライブになったのだとか。

「シネマ、堂島孝平@東京キネマ倶楽部」

 

このときに「シネマ、ニューアルバム作るよ!」というアナウンスがあって、そして現在に至る、と。リスナー界のはじっこにいる私が、たまたま居合わせることのできた、一連のできごと。音楽って生きてるんだな、って思う。そして生み出された、こんなすばらしいアルバム。ほんとうに、音楽っていう存在がいとおしい。

 

*『CINEMA RETURNS』シネマ