月夜のドライブ

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MONO 第51回公演『御菓子司 亀屋権太楼』

Twitterにも書いたのだけど、MONOの今回の東京公演は、時期的に観に行くの難しいかな…と実は少しあきらめかけていたのだった。(数カ月前に父が亡くなったあとの実家の最終的な片づけを、業者に入ってやってもらう日程と重なっていたので。)でも、東京より前の大阪公演を先に観た、私の信頼する関西の友人たち(@willowinspace さんや @popholic さん)の口ぶりにただならぬものを感じて、『これは見逃してはいけないやつだ』と思い、日にちの工面をつけて観に行った。心から、観に行ってよかった、と思う…。

 

MONO第51回公演『御菓子司 亀屋権太楼』
2024年3月1日(金)~10日(日)
下北沢 ザ・スズナリ
作・演出:土田英生
出演:尾方宣久 奥村泰彦 金替康博 高橋明日香 立川 茜 土田英生 水沼 健 渡辺啓

 

 

観劇したのは東京初日の3/1(金)。場所は下北沢のザ・スズナリ。これは嬉しかったな、スズナリで好きな劇団のお芝居が観られるのは。あのギュッとした空間で間近に役者さんの熱や躍動を感じられることは、やはり特別な体験に思える。

 

事前に土田さんのインタビューで「今回は初めてのトライアルをしている」という話を読んでいた。これまでMONOの芝居で土田さんがこだわってきた“ワンシチュエーションでそんなに長くない時間を描く”という縛りをなくして、さまざまな場面を使った、十年以上にわたる物語を描く芝居になると。でも私はMONOのそんなに古い観客ではないしこの話を読んでも『あ、これまでそうだったっけ?』とぼんやり思うぐらいだったので、実際に今回の芝居を観たとしても土田さんが言うほどそこの部分での違いは感じないのじゃないかな?と予想してたのだ。

 

ところが!芝居が始まって最初の転換で、『うわーーー全然違う!』と(アタマじゃなくてカラダで)感じたので、演劇っておもしろい。自分では意識してなくても、「MONOの芝居」「土田さんらしい表現」というのが、なんとなくカラダになじんでいたんだなって。役者が総出でセットを転換するのだけど、その瞬間「あ、この人たち芝居の外に出た!」と、その感覚がMONOの芝居では初めてで、思った以上にビックリさせられた。MONOでは役者がメタな存在になることってなかったんだなあ。とても不思議な感じがしたし、他のお芝居では別に驚かないのにこんなにビックリしてしまう自分もおもしろかった。

 

和菓子屋の事務所として最初は現れて、職人たちが休憩するバックヤードにも、店の外の待合スペースにも、立ち飲み屋にも変貌するこの舞台セットが楽しかった。和菓子屋らしい文様が並ぶ壁と思っていたら、そこにイスやら机やらが収納されているような作りになっていて、転換のほんの短いあいだにそれらをきびきび出し入れして別のシーンに変えていく劇団員の手際を見るのもおもしろかったし、ちょっとニトリのCM見るようでもあった(笑)。すべてをピタッと収納できるあの壁欲しい!でも、大勢でパズルを瞬時に組み替えていくような場面転換なので(しかも回数も多い)、役者さんの稽古大変だったろうな~。

 

物語は、尾方さん演じる和菓子屋のしっかり者の次男と、水沼さん演じるいい加減な長男を中心に、長男の娘や職人たちなど、店を取り巻く人々の長い時間にわたる人間模様を描く。登場人物はみな、どこと知れない地方の方言でしゃべっていて、ピリピリしたシーンでもどこか温かみが通う。(この感覚こそが、まさに「その地にいること」の安心感と出口のない感じ、両側面の表れなのかもしれない。)

 

朴訥ないい人なのかと思いきや、一昨年の『悪いのは私じゃない』とか、そして今回も、実はひとクセもふたクセもある人物像がなじんでいた金替さん、うまいなーめっちゃおもしろかったなー。基調はおっとりしているのに拳銃が暴発するみたいにトツゼン突拍子もないこと言いだすのでドキドキした(笑)。いつもはいけすかない役が多い気がする奥村さんが、今回は逡巡するタイプの実直な役柄で、それもすっと心に入ってきて役者さんってすごいなと思ったり。あと、さすがのうさん臭さを極める土田さんの役柄が、ラスト近辺でわりと邪険に扱われるのもドライでおかしかった。

 

立川茜さん、高橋明日香さん、渡辺啓太さん、MONOの中で新しいほうのメンバーが、(前回も前々回も同じこと書いた気がするけど)それぞれに抜き差しならない個性を持つ人物を演じていて、頼もしいことこの上なかった。強くまっすぐで時にそれが危うく思える姪っ子、実力もプライドもある勝ち気な女性に見えて実は弱さを隠しもっているカフェの店長、素直な好青年だけれどカジュアルに闇も見せる現代っ子アルバイター、それぞれがこの役者さんじゃなきゃ舞台上に生まれないと思えるキャラクターだった。特に渡辺さんの演じる役柄は公演ごとに複雑化して見ごたえあっておもしろいなー、文字で書いたら「こんな人いる?」と疑ってしまうような人物設定を、目の前で「あ、いるわ」と思わせてしまうの、役者さんのすごさだなあと思う。「バイトでは終わりたくないんで!」「いつか大きなことやりたいんで!」と邪気のない笑顔で言う一方、たびたび悪態ついたり気軽に悪事に加担していくちょっとコワイ北川君、渡辺さんにしかできない役柄だと思った。

 

それにしても、何より、つくづく、今回は尾方さんと水沼さん、だったなあ…。10年という長い月日の中で(いや、舞台上では描かれていないけれど観客には十分に想像できるそれ以前の彼らの幼少期からの長い歴史の中で)培われてきた「兄弟」という関係が、家業への考え方や責任感のちょっとした違いから、少しずつすれ違い距離ができて大きな裂け目になってしまうのはせつなかった。でも、徹底的な断罪や決定的な別離といったドラマチックな展開を選ばず、お互いを気にかけてはついたり離れたりまた距離を縮めたり、を繰り返すもどかしいような兄弟の様子がとても人間的で、MONOのお芝居だなあ土田さんの筆だなあと思えてやっぱり惹かれるのだった。ラストのひと展開は観る側(少なくとも私)には意外なもので、いい人を貫くのかと思われた次男の失踪とあげくの吐露に、不意打ちで涙が止まらなかった。次男の「自分に疲れた」というセリフ、長男の「負け足りんのだわ」というセリフ。尾方さんと水沼さんのやりとりは基本可笑しいので、笑いながら涙がポロポロこぼれるという状態なのだけど…。長男のように自分は出来が悪くてダメな人間だと思いがちな人生にも、次男のように賢明でしっかりしているがゆえに愛されていないと感じる人生にも、満ちるラストの温かさ。どちらに近いと感じる観客もみな、劇場を出るときには圧倒的に自分の人生を肯定する気持ちになれたのじゃないかな。

 

もうひとつ、事前にそれについて土田さんも何も触れていなかったので、さらっと出てきて余計に驚いた、差別のこと。でも実際にこういう差別って、日常に何気なく気安く存在しているものなんだろうと思う(まさにあの3人が「あるある」と笑いながら話していたように)。このことを扱うのって、腫れ物を触るようなもので「あえて触れなくても…」というのが世間の標準的な態度だと思うんだけど、それをこうやって(声高にではなく)上質な演劇表現の中に落とし込んだことにこそ、土田さんの本気を見た気がした。「あえて触れなくても」の積み重ねが差別の黙認につながってきたことを知っている表現者の、すさまじい覚悟。(そしてそれをことさらに強調するのでもなく、いつものあんな感じの土田さんであることがまた最高にカッコイイ。)

 

関西の友人たちが今回は必見という口ぶりだったのは本当で、心から観ることができてよかった。毎日がしんどいとか疲れたとか感じてる人ほど、(そういう人ほど観劇どころではないのだとは思うけれど、)なんとか4800円握りしめて、なんとかスズナリまで来て、この芝居に出会ってほしい…と思ったなー。

 

話に出てくる和菓子がいちいちおいしそうだったこととか、音楽が昭和のTV番組(「おもろい夫婦」とか)を彷彿とさせてとてもよかったこととか、まだまだ書き足りていないことはあるけれど。土田さん、MONOのみなさん、スタッフのみなさん、すばらしいお芝居をありがとうございました!

 

【2024/03/15記】

 

 

 

 

MONO第51回公演『御菓子司 亀屋権太楼』

2024年2月22日(木)~26日(月)
大阪府 扇町ミュージアムキューブ CUBE01

2024年3月1日(金)~10日(日)
東京都 ザ・スズナリ

2024年3月16日(土)・17日(日)
福岡県 J:COM北九州芸術劇場 小劇場

2024年3月23日(土)・24日(日)
長野県 サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 大スタジオ

作・演出
土田英生
 
出演
尾方宣久 奥村泰彦 金替康博 高橋明日香 立川 茜 土田英生 水沼 健 渡辺啓
 
***

江戸時代から続いてきたらしい和菓子屋「亀屋権太楼」が、経歴の捏造に端を発した騒ぎで存続の危機に立たされる。
新しい社長は評判の人格者。彼なら道を誤らないはずだ。
店、家族、そこに関わる人たちの10年間。

今回のMONOは、場所も時間もとばしながら、視点を変えて人々の営みを俯瞰する新たな試み。
善人と悪人の境界線はどこにあるんだろう? 
私たちは誰に味方すればいいのだろうか?

***

物語などを読んでいると、悪かった人が事件をきっかけに善人になったりする。
また、別の話では仲間だった人が裏切って最後は敵になったりもする。
仲の良かった兄弟が憎しみあったり、あんなに優しかった人が非道になったり。
そんな時、当人はどんなことを思っているんだろう。
そもそも人の性格とは変わるものなのか、それとも相手との関係が変化するだけなのか。

今回の話の舞台は「亀屋権太楼」。
江戸時代から続く老舗和菓子屋らしい。当時から食べられていた繊細なお菓子を今でも作り続けている。
働く人はプライドを持ち、お客さんも褒めてくれている。
しかし状況が変化すると途端に全ては変わってしまう。
ある和菓子屋の歴史を俯瞰して、人々の営みを見つめる……そんな話です。
土田英生