月夜のドライブ

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ラッパ屋 第48回公演『ウェルカム・トゥ・ホープ』 @ 紀伊國屋ホール

老舗劇団ながら、私は昨年の12月『君に贈るゲーム』が初観劇だったラッパ屋。その第47回公演に引き続き、今回の第48回公演にもカムカムミニキーナ松村武さんが客演!(ほぼ準劇団員!?)ということで、また松村さん目当てで観に行ってきました!しかもアフタートークに松村武さん登場と聞いたので、狙って6/27(火)13:30の回に。

 

ラッパ屋 第48回公演『ウェルカム・トゥ・ホープ
2023.6.24(土)~2023.7.2(日)
紀伊國屋ホール
脚本・演出:鈴木聡
音楽・演奏:佐山こうた
出演:岩橋道子 中野順一朗 谷川清美(演劇集団円)/弘中麻紀 上大迫祐希 浦川拓海/
ともさと衣 宇納佑/大草理乙子 熊川隆一/武藤直樹 岩本淳 林大樹/
松村武(カムカムミニキーナ) 俵木藤汰
チケット料金:
前売り・当日とも A席6,000円 B席5,000円(全席指定・税込)
(アフタートーク
・6/27(火) 柳家喬太郎 松村武 鈴木聡
・6/29(木) マキノノゾミ 鈴木聡

 

 

やー最高だった!タワマンから貧乏アパート暮らしへと転落した主人公の希(岩橋さん)を中心に、さまざまな人々が「ホープ荘」のひとつ屋根の下でドタバタとやりとりし合う。そこには仕事仲間や若いカップルや老齢カップルや元恋人同士や高校時代の親友や不倫の果てのカップルや親子やコンビや…というさまざまな人間関係があるのだけれど、どの組み合わせの何気ない会話も全部面白くて味わい深かった。役者さん一人ひとりの醸し出す旨みのようなものがかけ合わさって、会話ひとつひとつが他のどこにもない味に。

 

ホープ荘に住んでいるのは、今の日本に蔓延する新自由主義的な考えの人たちからしたら「終わってるw」と言われ「生産性のない人間」としてばっさり切り捨てられてしまいそうな人たちばかり。お小遣いを出してくれそうな男性をパパ活でゲットする女の子や、その娘の連れてきた彼氏から返すあてのない借金をしてはパチンコに明け暮れる母、不倫を貫いたあげくに仕事も家庭も失ってしまった元企業戦士、時代に遅れ相方とケンカ別れして酒ばかり飲んでいる漫才師、生活保護を申請しようか迷う老女、作家になる夢を捨てきれず引きずっている男、などなど…。こう文字で書いたものだけを見ると、本当にどうしようもない人間たち、と誰でも思ってしまうかもしれない。

 

でも、演劇は、この一人ひとりの魅力をイキイキと立ち上げるのだよなあ。この、文字面だけからは“役立たず”と一掃されそうな住人たちが、舞台上で肉体をもち動き声をもち言葉を発すると、一人ひとりにゆるがせにできない魅力と個性があって引きつけられるし、ダメな人生を送っていたとしてもみんな心のどこかに未来を向きたい小さな思いがあることにじんと心を打たれる。とびきりの美男美女でなくても、特別な能力やカリスマ性をもっていなくても、人より優れていなくても、普通かもしくは普通以下の人物であっても、人ってそこに生きているだけで尊くて魅力にあふれた存在なんだなと思わされる。これ、ラッパ屋のお芝居ならではかもしれない。

 

その住人たちの眠れる輝きを半ば強引に叩き起こすのが、事業に失敗して失意のうちにこのボロアパートで暮らし始めた主人公・希の、生命力と明るさ。まるでサザエさんみたいな、笑っちゃうぐらいの前向きさとおせっかいさで、住人たちの暮らしと人生にずんずん関わっていく。「入居のご挨拶に商品券3千円分」という、タワマン暮らししてた人らしい世間ズレがはなはだしいんだけど、あげるほうももらうほうもズレてるせいでヘンに噛み合っていくの超オモシロかった。現在もなお「タワマン側」の、希の元カレや起業家の親友を悪く描かないのもある意味斬新でとても好きだ。やはり同様に悪く描かれがちな不動産屋のイケメンの若手(林さん)もめちゃめちゃ人間的で、住人のケンカの板挟みになるのオッモシロかったな~!希の生来の無神経さと図々しさが、かえってそうやって明るく人を巻き込んでいきひとつに繋いでいくの、まさに「希望」だった。アフタートーク喬太郎師匠が言っていた、長屋のような人付き合い。希のようにカーテンの影からついやりとりを覗き見して人間関係に立ち入ってしまうなんて、今の社会では「自分が損するだけだからやらない」のが常識だけど、損得ではたどり着けない、スマートじゃないやり方からしか始まらないこともあるのかなと、希を見ながらあらためて思う。

 

ありきたりな感想だけれど、このお芝居、今の政治を仕切っている人たちにぜひ見てほしいなと思ってしまった。目の前の地位と名誉と金銭にしか価値をおかない彼らには、庶民のこのイキイキと魅力的な姿はまったく見えていないんだろうな~と思う。ばかりか、この登場人物たちが見せるような、失敗だらけでも「生きている!」っていう強い実感をも、もしかしたら彼らは感じたことがないかもしれず、そうだとしたら気の毒だなあとも。ラッパ屋の舞台にちょっと足を運んでみれば、人生変わるかもしれないよね。

 

われらが松村武さんは、いにしえの漫才コンビ・五郎二郎の片割れ、五郎役。またしても実年齢より20ぐらい上の役を演じて、貫録を出しまくってるの、さすがだった(笑)。時代の波に乗り切れずに関係をこじらせてしまった五郎と二郎(俵木さん)が、大人げないドッタンバッタンの末によりを戻して、彼らなりに時代に追いつき追い抜く漫才を披露してみせたの、感動でちょっと笑い泣きだった。五郎二郎の漫才もその絶妙な台本もお見事!松村さん俵木さんいい味出してたなあ、鈴木聡さんの脚本にも唸る。

 

実は同級生で親友だった希と望(弘中さん)の、人生のトラック何周かして結局同じところで出会って笑ってるような会話、とてもよかった。何も持たず身ひとつになったときに、あんなふうに笑い合える人が自分の身近にもひとりでもいたらいいな。お芝居中いちばんぐっさり刺さったのは、老いらくの淡い恋心を抱く同士の瑞江さん(大草さん)と神原(熊川さん)の言葉。漫画家になりたかった、と言う瑞江さんに神原は「なれなくても今描いてるからいいじゃないですか」と言う。逆に、小説家になりたくてたくさん旅をしたけど小説は書けなかったと言う神原に「旅という豊かな時間を過ごしたことがすばらしい」と瑞江さんは言う。私たちはみんな、何かに「なる」ことを目指して、なれないと失敗だと位置づけてしまいがちだけど、何かになろうとして「いる」ことが、あるいは何になろうともしていないけどそこにただ「いる」ことが、それだけで何よりすばらしいんだという圧倒的な肯定を受けた気がして涙が出た。ただそこに「いる」ことを圧倒的に肯定される。今の日本にいちばん足りない、もっとも大切なことなんじゃないかなって思う。

 

前回の『君に贈るゲーム』ではサイコロチームにご出演だったので、ジャンケンチームしか見ていない私はお目にかかれていなかった、客演の谷川清美さん。私はカムカムミニキーナ『蝶つがい』で拝見したときの役柄の印象で、ふわっと可愛らしいイメージを持っていたのだけど、今回はバッキバキの派手でカッコイイキャリアウーマン役で、「ほんとに同じ人なのか?」と何度見もしてしまった!何にでもなれる役者さんって、ほんっとにかっこいいなーーー。それとこれは特筆に値するんだけど、佐山こうたさん!ラッパ屋の劇伴を長く手がけてらっしゃる作曲家でピアニストさんの生演奏が劇中であり、これがスバラシイにもほどがあった!当日パンフに生演奏があると書いてあったので楽しみにはしてたけど、ホープ荘の住人のひとりとして登場し、1階の部屋から予想の10倍ぐらいガッツリしたピアノプレイを!すばらしい音色にうっとり、下世話な言葉で言えばこれだけで「チケ代の元が取れた」でした。贅沢だったな~。年齢よりもずっとお若く見えて音大生みたいな雰囲気もあり、キャストとしてちょっとした仕草で小粋にお芝居してて感心しきり。(後から知りましたが、あの佐山雅弘さんの息子さんなのですね!)

 

ホープ荘存続のために知恵を絞り、みんなで作ったプレゼン資料を託して不動産屋を送り出したお話のラストは、「勝ち」か「負け」かはわからないまま終わる。でも、希からその言葉が出たのとまったく同じように、観客にとっても、もうそれはどっちでもいいことだと思えた。ここまでの時間をホープ荘の住人たちと過ごして、うずくまっていた気持ちが前を向き、止まっていた足が一歩を踏み出したのを経験したら、たとえ今日のプレゼンには負けたとしても、きっと大丈夫。どちらを向いても絶望だらけの世の中で、「ささやかでも希望を持つ」ってことが何よりのカウンターなのだと思う。笑って笑って、少しホロリとして、とっても元気が出るお芝居だった。

 

 

少しの休憩を挟んで、アフタートーク。ラッパ屋Tシャツに身を包んだ、柳家喬太郎さん、松村武さん、鈴木聡さんが、芝居のままのホープ荘の中庭のテーブルを囲んで話す。こういうボロアパート、昔はあったよねという話から、それぞれの青春時代の住まいについてなど。治安が悪い街の話とか(笑)。話の流れの中で鈴木さんから喬太郎師匠への素朴な質問「噺家さんはどれぐらいから貧しくなくなるんですか?」喬「真打になっても貧しい人もいるし二つ目でもお金持ってる人は持ってるし」が何気におかしかった。劇中で、漫才コンビの五郎二郎が「昔はOKだったけど今はNGな表現」を巡ってすったもんだを繰り広げるのだけど(そしてその挙句に五郎二郎がたどり着いた、一段らせんをあがったような場所が本当にすばらしかった)、お三方とも言葉を道具に商売する方々なので、NG表現の今昔についての吐露と考察、示唆に富んでいたなあ。大衆芸能とともにあるお三方らしい、しなやかな姿勢も印象的だった。機知とウィットに富むこんな三人がしゃべっているところを観ているだけでも、限りなき至福の時間。

 

楽しいお芝居に生演奏とアフタートークまで観られて、満ち足りた気持ちで心がたぷたぷに。ラッパ屋のメンバーのみなさん、客演のみなさん、スタッフのみなさん、どうもありがとうございました!