月夜のドライブ

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ラッパ屋『君に贈るゲーム』 @ 紀伊國屋ホール

2月に観た『腹黒弁天町』(松村武さん演出)、4月に観た『三十郎大活劇』(松村武さん出演)と、カムカムミニキーナの松村武さんを通してラッパ屋鈴木聡さん作の演目(ただしラッパ屋の公演ではない)にご縁があった2022年。今年最後にとうとう初めて、ラッパ屋自体の新作公演を観る機会に恵まれた。やはりきっかけは松村さん。コロナ禍のこともあり、全配役がダブルキャストで臨むラッパ屋の第47回公演、松村さんが客演する「ジャンケンチーム」の初日にあたる12/5(月)に観劇。冷たい雨の降る新宿だったけれど、帰り道、心は何とはなしにぬくぬくする、そんな体験。

 

ラッパ屋 第47回公演
『君に贈るゲーム』
12/4(日)~12/11(日)
東京・紀伊國屋ホール
脚本・演出:鈴木聡
音楽:佐山こうた
出演:「ジャンケンチーム」
熊川隆一 松村武(カムカムミニキーナ) 中野順一朗 浦川拓海 武藤直樹
岩橋道子 椎名慧都(劇団俳優座) 大草理乙子 

 

 

ボードゲームカフェに集うさまざまな人々が、同じボードゲーム仲間から請け負った頼みごとをきっかけにそれまで知らなかったお互いの素性を知り、思いを交錯させていく…というストーリー。ボードゲームカフェという存在を意識したことがなかったのだけれど、この設定が小粋なばかりでなく、意外なことにものすごく「今」だった。ボードゲームをしにカフェに集まる彼らは、しょっちゅう顔を合わせて長い時間を一緒に過ごすものの、お互いのことは「課長」「教授」「マダム」「ヤング」といったその場だけのあだ名で呼び合い、本名や職業などそれ以上のことは知らない。「課長」が実際に課長なのかどうなのか、「ヤング」が本当は何歳で何をしているのか、は、ゲームを楽しむのには必要のない情報だから。このドライだけれど冷たいわけでもない人間関係が、私たちが今ハンドルネームでやりとりしているネット上の友達、あるいは趣味の分野の「オタク同士」と言われるような間柄と同じ距離感だなあと思わされておもしろかった。ましてこのご時世でもあるので、ゲームをしにカフェを訪れる彼らもみんなマスクをしていて、お互いの顔もよくはわからない。互いの素性からはますます遠ざかりつつ、ゲームという一点でとても親しくつながっている間柄。

 

このなんとも絶妙に保たれていた人間関係のバランスに、ちょっとした異変が起こる。ボドゲ仲間である闘病中の「会長」からの頼みで、7人が会長の邸宅で一夜、「会長の孫のために人生の素晴らしさを伝えるゲームを考える」という命題に知恵を絞ることに。これまでお互いのバックグラウンドにはあえてノータッチだった7人が、マスクも取りゲームを考案していく中で、それぞれの人生が交錯していく。出生、性格、家族、仕事、お金、趣味、学校、友人、恋愛…。ゲームのボードの上では、男女も年齢も仕事も学歴も関係ないプレイヤー同士だったのに、どんどん人間らしさが覗いてきて、揺れ動いたり右往左往してしまう。

 

いつもエコバッグを持ち歩いている「エコバ」さんが、どこか気弱な印象の「課長」と、横並びでみかんを食べながらぽつぽつ語り合うシーンは印象的。輝かしいできごとや面白みのある他の人に比べて私の人生は何もなかった、と卑屈になってしまうエコバさんだったけれど、僕もそうですよ、でもそれでいいんですよと課長は言う。そして、みかんをこんな風にして食べたのは久しぶりだと。そう、何もないように見えて、みかんを課長にもおすそ分けしてくれる優しさが、エコバさんの人生にはあふれているんだよね。そして課長には、エコバさんの小さな優しさを深く汲む心の確かさがある。

 

最後には、秀でた誰か一人の、ではなく、デコボコなみんなの人生を少しずつ持ち寄ったようなゲームが完成する。そしてそれこそが人生の素晴らしさを孫に伝えるだろうと、会長のお眼鏡にもかなう(ここにも実は、ちょっとした人生のいたずらが隠されていたのだけど)。

 

ミッションに巻き込まれた一夜を経て、思わぬ形で人生を披瀝し合うことになった7人が、それからグッと距離を縮め仲良くなった…わけでもなく、お芝居のラストでは、相も変わらずのボードゲームカフェで、ゲームを前にマスク姿で淡々とやり合う彼らが描かれる。その近づくでも遠ざかるでもない距離感が、とっても心地よかった。内面ではみんな少し、お互いを知ったことによる心の変化があるのかもしれない。でも、どんな過去を背負っていようと、どんな人生を生きていようと、ボードの上ではただのプレイヤー同士。いろいろな人たちが集まる世界の上で、毎回まっさらな勝負を始めるのがおもしろいのだし、負けたら次のゲームを始めればいいだけなのだ。

 

登場人物たちのようにボードゲームに詳しくはないけれど(彼らの口から語られるさまざまなゲームの楽しそうで魅力的なことったらなかった!)、お芝居を観たあと、誰かと他愛ない話をしながら延々ボードゲームをやりたくなってしまった。ひとときゲームに興じてくれる「他人」がいることって貴いな、とも、背景を知らない他人同士がいっとき信頼関係を結び合う時間っていとおしいな、とも思った。人生がそんな時間のくり返しだったらいい。

 

お目当ての松村武さん、そこにいるだけで何か言ってくれそう、何かやってくれそう感があって、やっぱりとっても好きだった!謎の貫禄があり、めちゃめちゃ峻厳さを感じる時とめちゃめちゃ胡散臭い時が紙一重なのがいい(笑)。もう一人の客演、『三十郎大活劇』のときの女優役も素敵だった椎名慧都さん、聡明さが先走りすぎちゃう感じの「お局」役がとてもチャーミングだった。特筆すべきは「会長」役として声だけの出演の柳家喬太郎師匠!耳からだけで想像させる会長の人となり、声だけで人を頷かせる説得力、さすがの芸の凄み。そしてラッパ屋の役者さんたちは、気負わない演技の端々から人生がじんわりにじみ出て、いろいろな具が入ったおでんのようだった。どれをつまんでもしみじみ味わい深い。Wキャストのもう一方のサイコロチームも、きっと全然味の違うおいしいおでんなんだろうな…。

 

音楽も舞台美術もとても小粋でしゃれたお芝居だった。紀伊國屋ホールも足を踏み入れただけで嬉しくなる場だし。心がぬくぬくした帰り道。観られてよかったです、ありがとうございました!

 

ラッパ屋
第47回公演『君に贈るゲーム』

公演情報
ラッパ屋主宰・鈴木聡による新作は、全役ダブルキャスト、2チームにて上演。
「人生のややこしさと喜びをゲームにしてほしい。幼き孫に贈る私の遺言として」。
ボードゲームカフェに集う市井の人々が請け負ったややこしいミッション。 笑いとウイットたっぷりの大人の喜劇です。

脚本・演出
鈴木聡

音楽
佐山こうた

出演
■「サイコロチーム」
12/4(日)、12/6(火)、12/7(水)19:00、12/9(金)14:00、12/10(土)19:00、12/11(日)12:00
おかやまはじめ 木村靖司 宇納佑 林大樹 岩本淳
谷川清美(演劇集団円) ともさと衣 弘中麻紀

●「ジャンケンチーム」
12/5(月)、12/7(水)14:00、12/8(木)、12/9(金)19:00、12/10(土)14:00、12/11(日)17:00
熊川隆一 松村武(カムカムミニキーナ) 中野順一朗 浦川拓海 武藤直樹
岩橋道子 椎名慧都(劇団俳優座) 大草理乙子 

日程・会場
公演日 12/4(日)~12/11(日)
会場 東京・紀伊國屋ホール