月夜のドライブ

ラブレターバンバン書いて紙飛行機にして 宛てもなく空に飛ばすブログです。▶プロフィールの「このブログについて」をクリックで記事一覧などに飛べます。

『青』上田ケンジ

画像彼のことをつい最近知った私なのに、これを聴いていると、なぜかずっと前から彼を知っているような気がしてきちゃう。不思議なやわらかな感情に、聴く私はまるごとやさしく包みこまれてしまう。人付き合いに距離を置きがちな私が、リアルでこの感じを味わうことって、実はなかなかないのだけれど。こんなに心地よくていいのかな。上田ケンジさんのアルバム、『青』。

 

上田ケンジさんを初めて見た昨年末のバンブルビー・ライブの記事でも書いたし、サンプル盤『OK』を聴いたときの記事でも書いたのだけど、このアルバムでも何よりまずクラッとくるのは、彼の「声」の存在感。秀でた歌唱力とか情動的な訴えなんてこととは遠く離れた、淡々とつぶやかれる独り言のような上田さんの歌。でも、というか、だからこそ、彼の声はよけいなものをまとわずに私の中に入りこんでくる。その感触は、ひどくエロティック。

 

そしてこの声をもって、この詞を歌うなんて、しかもこのメロディに乗せてしまうなんて、もう禁じ手でしょうってなじりたくなる。たくさんのものは持っていないのに、大切なものだけを持っている歌。驚くぐらいあっさりした、音数の少ないサウンドの中で、上田さんの声がいちばん大切なことだけをしに、そっとこちらに触れてくる。

 

冬が来る頃に僕は少し変わる

平凡な水に成って雪に成って降る

君の胸の靴痕の痛みを消しに行く

(「カノン」)

 

上田さんの歌を聴いていると、人の心に何かを届けるのに、声の大きさや気を引く奇矯さは必要ないんだなって気付く。こんなにシンプルで素っ気ない歌が、こんなにも深くストレートに入りこんでくるなんて、ね。

 

「OK」、「ゆりかごBabe」、「カナブン」…。どちらかといえば暗い歌なんだと思う。ううん、決定的に暗いって言ってもいいかもしれない。でもそれが不思議に心地いいのは、暗いけれど、ペシミスティックではないからだと思う。深くて暗いその水の底に強い希求を抱いてる湖は、虚ろながんばれソングよりもずっと、私をやさしく、たしかなやり方で包んでくれる。

 

言葉を発するひとつ手前の、上田さんの息を感じるだけでも、たまらない気持ちになるよ。派手なところはひとつもないけれど、声も、詞も、音も、ジャケットも、すべてがひっそりと心地よいアルバム。

 

*『青』上田ケンジ