月夜のドライブ

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スト突入と「届く言葉」

プロ野球はスト突入、だそう。その是非については人それぞれ意見があるだろうけれど。

 

何しろ昨日の会見を見ていて驚いたのは、すぐ隣同士でしゃべっている二人(古田選手、瀬戸山委員長)の、使っている言葉の質があまりにも違うことだ。同じ日本語なのに、それはまったく違うものだった。委員長が代表して読み上げたオーナー側の言葉は、紙の上から生まれて、誰のところにも向かわずに勝手に彼らの中に収束していくだけだった。あの言葉を、自分に向かって放たれてると感じた選手やファンなんか、ひとりもいなかっただろう。ただ責任を回避するためにだけ費やされる、意趣返しの気分にも満ちた、かなしい言葉。

 

古田はちゃんと、言葉をひとつひとつ自分の肝胆から取り出して、彼の頭の中にある野球ファン全員に届くようにと、一人ひとりに向かってていねいに投げていた。ブラウン管のこっちにいる私にもそれはしっかり届いて、私はつい涙が出そうだったもの。

 

言葉の中にある「主張」や「信念」の正否それ以前に、届く言葉であるか届かない言葉であるかの違いは、大きすぎる。オーナーたちが工場でパッケージ商品を作ってそれを自分で売り歩いてるならともかく、選手という人間を使って、ファンという人間に見てもらっている商売なのだもの。最低限、人に届く言葉を使おうとしないで、よく「経営判断」なんて言えるなと思う。

 

言葉って、やっぱり、たましいが宿るんだよね。と、古田を見ていて感じた。たましいが真にこもった言葉は、強くて、うつくしくて、どこまでも響く。文学や音楽や演劇といった表現の世界で出会うことはあるけれど、スポーツ選手に、それを感じさせられるとは思わなかった。言葉って、使う人がその力を信じるところからじゃないと、始まらない。古田って、野球やプレーだけじゃなく、言葉に対しても真摯な人なんだって、心底思った。ホメてばっかりいるけど、やっぱりそういう意味でも傑出した人物だよね、古田。