月夜のドライブ

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パルコ・プロデュース2022『腹黒弁天町』 @ 紀伊國屋ホール

カムカムミニキーナの松村武さんが演出を手がけ、カムカムメンバーも多数出演するパルコ・プロデュースのお芝居『腹黒弁天町』。W主演をつとめるのが(寡聞にして私は知らなかった)ジャニーズの4人グループ“ふぉ~ゆ~”の福田悠太さんと辰巳雄大さんで、元乃木坂46伊藤純奈さんも出演、脇を固める面々も芝居好きが唸るツワモノばかり。松村さんの仕事をすべて追いかけられているわけではないけれど、これは観たいな!と思って早くにチケット買って楽しみにしていた。松村さんが(特にアイドル畑の)若手を演出するお芝居は絶対にいいはずという信頼感がある。

 

パルコ・プロデュース2022『腹黒弁天町』
作:鈴木聡
演出:松村武
出演
福田悠太(ふぉ~ゆ~) 辰巳雄大(ふぉ~ゆ~) / 伊勢佳世 伊藤純奈 木村靖司 土屋佑壱 政岡泰志 /
長谷部洋子 亀岡孝洋 福久聡吾 柳瀬芽美 スガ・オロペサ・チヅル ピーターピーター /
中村まこと 久保酎吉
日程・会場
2/4(金)~2/20(日) 東京・紀伊國屋ホール
2/22(火)・2/23(水・祝) 大阪・松下IMPホール
料金
全席指定 ¥9,500(税込)


ところが、チケットを購入した頃には比較的落ち着いていた新型コロナの感染状況が、年明けからオミクロン株に置き換わり急速に拡大してしまい、中止や休止を余儀なくされる公演やイベントがちらほら出てきていた。そんな折にこの『腹黒弁天町』も。

「腹黒弁天町」開幕延期のお知らせ (2月1日18:30公開)
パルコ・プロデュース2022「腹黒弁天町」につきまして、2月4日(金)~11日(金)の公演を中止し、本公演の開幕を延期させていただきます。


主演のひとりである福田さんがコロナ陽性となり、前半の一部を休止せざるを得ないという事態に。私が持っていたチケットは前半のその休止期間のものだったので、とりあえず速攻で12日のチケを取った。(余談だけれど、こうなってますます、あまり感染のことを気にせず出かけられた昨秋はよかったな…と感じる。ここまで感染が広がってしまうともう個人の力でできることは限られてしまうから、やはりこうなる前に国にしっかり打つべき手を打ってほしいな…と切に思う。)そして無事、11日金曜の夕方に「明日から公演を開幕」というお知らせが届く。よかった。


紀伊國屋ホールに入るのは、実は初めてだった。入ってすぐのロビーの壁に井上ひさしさんとつかこうへいさんの大きな写真がどーんと飾ってあり、演劇圧(そんな圧があるのであれば)がすごい。…などと思っていたら、ロビーの片隅に今回の演出の松村武さんが佇まれているのが目に入った。やっと迎えることができた初日の空気を、観客が顔を上気させて次々とホールに入ってくる風景を、記憶に焼きつけるかのような表情でロビーを見ていらして、その姿に胸が熱くなってしまった…。

 

ホールの中に入ると、内装も歴史を感じる重厚なつくり。買い直したチケは後方席だったので役者さんの細かな表情までは見えないものの、ここに入ることができて今日のお芝居を観られるだけでありがたい。

 

『腹黒弁天町』、元々は劇団ラッパ屋が1994年に上演したお芝居で、作演出家の鈴木聡さんが夏目漱石の「坊っちゃん」をオマージュして書いたお話だそう。明治から大正あたりの時代物、かつ青年が主役の青春譚、これはもう松村武さんの腕が鳴るテーマに違いなく、いやがうえにも期待が高まる。

 

お芝居は久保酎吉さんの粋な口上で幕を開ける。この久保酎吉さん演じる車引きの源蔵が、久保さんらしいいい塩梅の、非常に味わい深い役どころで、観ていて終始ニヤニヤしてしまった。にぎやかな音楽にのって芸者衆がわいわいと踊り出すオープニングに、客席も手拍子で参加。ザ・大衆演劇って感じ、楽しい~!

 

東京から田舎の弁天町に向かう列車に、青年教師の財前涼太(福田さん)と山岡大介(辰巳さん)が乗り込んでくる。登場した瞬間に舞台全体が大きく風をはらむような、はつらつとした空気をまとった主役のふたり。こういう役者さんっているものだなあ、そして松村さんはこうした役者さんから清冽な魅力を勢いよく引き出すのが本当にうまい。その魅力に一気に引きこまれ、このふたりを巡る物語の行方に釘づけになってしまう。また、客車に居合わせた運命の人・芸者の小雪も、ひと言・ひと仕草で誰もを即座に虜にしてしまうような愛くるしさの持ち主。「~しとるんよ」「~じゃけん」というざっくばらんな広島弁がなんとも魅力的な小雪は、伊勢佳世さんそのものと思えるぐらいのハマリ役だった。

 

この天真爛漫なふたりの青年が弁天町で出会っていく「大人」の数々が、まさに「清濁併せ呑む」を絵に描いたような人物たち。腹黒い思惑をもったこの脇役らのクセのある人生を、小劇場きっての手練れの役者たちが演じるのが、大きな見どころであり隅々まで見応えがあった。小さな町で虚勢を張って生きる校長の権田原(中村まことさん)、機を見るに敏な教頭の村井尻(土屋佑壱さん)。このコンビの小賢しくも馬鹿馬鹿しい立ち回りの可笑しさったらなかった。義理に篤く奥さんには弱い鳴海の親分(政岡泰志さん、声がいい!)、一枚上手な腹黒さを見せる町の有力者の大金田(木村靖司さん)、いずれも善人ではないけれど、人情味があって憎みきれない。そんな中にあって、若い女性教師役の伊藤純奈さんの凛としたみずみずしい存在感も素敵だった。

 

このじつにじつに人間臭い人物たちが終始ドタバタと駆け回る舞台は、イキイキとした笑いに満ちていて、観る側のココロまで内側から躍動するようだった!ふぉ~ゆ~のおふたりの持ち前のサービス精神が、脇役たちの腕のよさに支えられて、財前と山岡の人生の中で思う存分飛び跳ねているように見えた。ふたりが連れ小便をするシーンとか、山岡の祝福のエールとか、堂に入った喜劇俳優っぷりは想像以上の見事さで、とても驚かされた。松村さんが安心してふたりに任せられると全幅の信頼を寄せていたのも納得。

 

芝居を底支えするカムカムミニキーナの面々とピーターピーターさんの八面六臂の活躍ぶりも印象的だった。特に亀岡さんの坂田先生やとどさん、めちゃ笑った!長谷部洋子さんのドスがきいたヤクザの奥さん役もおもしろカッコよかった、さすが!客車を構成していたセットがまたたくまに組み直されて馬車に見立てられたり、板戸が効果的に使われたり、という舞台の使い方にも、カムカムらしい自在さを見て楽しかった。

 

惜しみない笑いとともに物語は進んでいくけれど、現実を受け入れていく山岡の明るいしたたかさに比して、財前の不器用なまでの一途さが、ほんの少しずつふたりの人生を分かつくだりはせつなかった。男の気持ちを手玉に取ってきたはずの小雪も、本気の相手である財前にだけヘタクソで、ともに愛らしいのだけれど、不器用同士の恋路はあのような結末に行き着くしかなかったのだろうか。せつない。

 

でも、残された山岡の(事件から時間を経ての)さばけた様子や、おとなしい教師だった美智子先生が芸者に転身して自分自身の人生を歩んでいくさま、そして、後日譚として語られる良くも悪くも「変わらない」弁天町の面々の凡庸な日々、それらになぜかとても救われる感じがする。ラストの源蔵の語りで、“年をとって寝たきりになった山岡自身の願いで、山岡の目の前で演じられる回想録”というこの芝居の大きなくくりを思い出させられるのだけれど、ここに至って、いさかいや躓きや失敗や後悔や取り戻せない若すぎる死さえありながら、でも一方でふたりの若者が生きた青春の眩しいほどの輝きや喜びも確かにあり、そうした無数の小さき営みが縒り合されて、この世の中は大河のようにこれからも流れていくのだな…という、大きな感慨に満たされる。美しさも腹黒さも込みで、弁天町はたくましくしたたかに続いていくのだなと、その時間の大きさに癒されるような思いがする。なんだか不思議なことだけれど。

 

 

『腹黒弁天町』というこのお芝居をつらぬく大らかな空気をその身いっぱいで生きていた、福田悠太さんと辰巳雄大さんがとにかくすばらしかった。私が観た初日は、なんと計4度ものカーテンコールに役者さんたち(4度目は福田さんと辰巳さんのみ)が出てきて応えてくれた。カテコの最初の挨拶で辰巳さんが「お待たせしました!」と言うと、(コロナ陽性だった当人の)福田さんが「なんかあったっけ?」とおどけて、会場中が笑いの渦に。この福田さんの言葉を聞いたときに、ユーモアと信頼にいろどられたふぉ~ゆ~のふたりの関係性、なんてステキなんだろうと思ったし、若い福田さんがこんな冗談を言えるカンパニーの空気もとってもいいんだろうなと想像できて、こちらまでシアワセな気分になれた。

 

福田さんと辰巳さん、ふたりの屈託のない輝きに心の隅々まで照らされて気持ちよく笑って泣いたお芝居。脇を固める役者さんたちの演技とともに、いつまでも噛んで噛んで味わっていたい、しみじみとよい舞台だった。コロナ禍に苦しめられながらも、困難をおしてすばらしい作品を届けてくださってありがとうございました!