月夜のドライブ

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MONO『アユタヤ』 @ あうるすぽっと

少し前にMONO主宰の土田英生さんがtwitterで今回のお芝居について「元々はビターな話をやろうとしていたが無理だった、今は甘いものしか書けなかった」という意味のことをつぶやいていて、どんなお芝居なのかな?と思っていた。『よわよわな一般人の私がコロナ禍の日常で感じているようなしんどさを、土田さんのようなタフな表現者でさえ感じ、感じるだけではなくそれが作品にも表れるのか…』と。

 

MONO『アユタヤ』
■作・演出
土田英生
■出演
水沼健、奥村泰彦、尾方宣久、金替康博、土田英生、石丸奈菜美、高橋明日香、立川茜、渡辺啓
■日程
2021/3/2(火)~3/7(日)
■会場
東京・あうるすぽっと
■料金
一般 ¥4,200

 

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2日前ぐらいにチケットを買って、ギリギリ千穐楽(3/7)に滑り込んだ。東京の劇場にはいろいろ行っているけど、あうるすぽっとは初めて。きれいな建物!公共(豊島区立)の施設なんだね。

 

開演前、席置きのプログラムに目を通し、そこにある土田さんの「ごあいさつ」の文章だけでまず、目にじわっと涙がにじんでしまう。そうそう、気持ちは同じなんです!と。そこには、なぜ土田さんが「今回は自覚的に甘い物語をやりたく」なったか、そこに至る経緯が書かれていた。そして文章は(土田さんたちと観客双方が)「同じロープをつかめたらと願っています」という一言で締めくくられていた。コロナ禍のしんどさの中で土田さんが必死につかむロープはいったいどんなものなんだろう?私もつかめるのかな?と思いながら開演時間を迎え暗転する舞台を見つめた。

 

お話の舞台は江戸時代、徳川幕府の頃。シャムロ(現代のタイ)・アユタヤの街に実際にあったという、日本や外国との交易などを生業とする日本人たちが暮らす「日本町」。主人公は、この日本町の中心からは少し離れたところでつつましく暮らす兄妹。兄の一之介(尾方さん)は日本では侍だったこともある職人で、穏やかな、やや優柔不断とも思える性格の人物。妹のツル(立川さん)は優しく兄思いながら、締めつけが厳しくなるお上の動きに対して不満を持ち、兄に内緒で街頭にアジビラ的な貼り紙をするなどの行動を起こしたりもしているまっすぐな娘。この兄妹の家に、職人夫妻や一之介を慕う若者や現地人や侍夫妻といった人物が絡み合って話が進んでいく。

 

誰が善で誰が悪ということもなく、登場人物みんな、いいところもあれば欠点や後ろめたいことや弱い部分もある人物で、完全には噛み合わない会話を重ねながらなんとなく着地点を見つけて(あるいは見つかってないけどともかく)日々を生きていくさまがとても可笑しくかつ逞しくて、笑いながらとても元気が出る。

 

そんな善良な人々が細々と紡いでいた暮らしは、でも、ちょっとした人間関係のねじれ、突然の乱入者、日本町を覆っていく不穏な空気、などが相まって緊迫してきてしまう。それまでささやかながらもうまくいっていたコミュニティが、誰が味方で誰が敵かもわからなくて、散り散りになりそうになる。

 

中盤、とかく急進的になりがちなツルを一之介が諫め、とうとう衝突してしまう場面で、ツルの「明るか先の見えん」という切羽詰まった台詞に、別世界と思っていたアユタヤの街が一瞬で自分の現実に重なってきて、『今と同じだ』とハッとして涙が出てしまった。見えないものに少しずつ息苦しくさせられる世界。誰が敵かもわからず、みんな生きることにいつのまにか緊張しながらがんばっている。がんばって闘っているのに、関係が荒んでしまう。良かれと思って正しさを貫こうとするうちに、よくわからなくなってしまう。世の中をよくしたいのに、居心地が悪くなっていってしまう。

 

そんなツルに向かって一之介は、自分は、知っている人のことだけを心でわかるようにしている、と言う。優柔不断すぎるとも思えた兄の、ちいさな“手ざわり”や“手ごたえ”を信じる生き方。目の前の「あなた」を信頼するやり方。そういえば、学のない梅蔵に対しても、高慢なヒサに対しても、腰抜け侍の喜左衛門に対しても、言葉の通じないホアンに対しても、一之介は一貫してそうだった。ホアンの話すことを一之介は心でわかると言っていた、それは軽口じゃなく、本当の本気でそうだったんだ。そうか…。

 

それにしても!土田さんの演じるホアンというタイ人がめちゃくちゃおかしくて!出てきた瞬間から客席中にほんわかとした笑いを起こす造形、ズルい!いつもtwitterなんかでは悲観的なつぶやきをしがちな土田さんが、こんな楽観力100%みたいな人物を嬉々として演じてるの、ズルい!片言の単語を並べるしかできないホアンの饒舌な存在感、恐るべしだった。他の登場人物もとにかくみんながみんな魅力的でおかしくて、話の筋とは別に、どの組み合わせでのやりとりもずっと聞いてたいと思えるぐらい。石丸さんが演じる侍の妻・ヒサとか、痛快なおもしろさだったなあ。下々の者ときっかり線を引いて取り付く島もないほど高飛車だったくせに、火事のときに助け出してくれたのを境に、すっかり梅蔵やホアンを慕う立場に。カンチガイ気味の愛敬の押し売りに笑った笑った。

 

でも、その「え、そんなことで?」という単純なことが、理屈や思想や信条よりも、実際、人と人を近づけるのかもなあと思った。抱きかかえて助け出すとか、荷物を一緒に運ぶとか、顔を合わせてお茶を飲むとか。知っている範囲の人のことを心でわかろうとする、ただそれだけのことが。

 

すれ違いや思い違いが重なり続け、このまま散り散りになるのかと最後まで私をハラハラさせた一同は、ラストで、新しい地・カボチャ(カンボジア)でコミュニティを作ることを目指してみんなで旅立つところで終わる。ビターじゃないエンド。でも、この「甘い物語」はポンと降ってきたプレゼントではなく、この舞台の上の人間臭い登場人物たちが、手探りで体当たりでたぐり寄せた結末。だから、私にもきっとできるんじゃないかと思えた。近いところから、目に見えるところから、少しずつ。土田さんとMONOのメンバーがコロナ禍の中で必死でつかんだロープの、端っこを私もつかむことができたかもしれない。

 

 

MONOのお芝居はたった2度目だったけれど(その前に土田さん演出の「きゅうりの花」(2017年)にハマッて3回観ている)、楽しいなー来てよかったなー。私は体も心も元々丈夫だしコロナ禍でも元気に過ごせているほうだと思ってるけど、お芝居を観た後満たされて元気になる自分に気づいて、いい舞台に笑ったり涙ぐんだりできる自分のための時間って、こんなにも大切なんだな…とあらためて感じた。劇団にとっては想像を絶するだろう大変な状況の中、素敵なお芝居を創りあげて、京都から東京にまで来てくださって、本当にありがとうございました!

 

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