月夜のドライブ

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カムカムミニキーナ『猿女のリレー』 @ 座・高円寺

もう10日も経ってしまったけれど、なんとか感想を書いて、置いておこうかなと思う。カムカムミニキーナの公演『猿女(さるめ)のリレー』。舞台上で起こったことに文章が到底追いつかないのは、仕方ないとあきらめつつ。

 

今も渦中の新型コロナウイルスの影響のことをちょっとおさらいしておくと、コロナ禍によって東京では、ざっくり言って3月末頃(都からの週末外出自粛要請)から5月末(国の緊急事態宣言が解除)までの2ヵ月間はほぼまるまるステイホーム期だった。最小限の店以外は休業、ライブや演劇なども軒並み中止か延期。東京では6月に入ってからロードマップに従って徐々に休業が解かれたものの、時間や人数に厳しい条件付き。

 

そんな、まだまだ先が見通せない状況下、かなり先の公演でさえも早々の中止や延期が決まることは不思議ではなく、だから逆に5月の末頃にカムカムミニキーナから7月公演が動き出すというアナウンスがあったときは、けっこうびっくりした。密が禁忌とされている今、密こそが持ち味のようなカムカムミニキーナが?いったいどんな風に?コロナ禍の中で公演を打つ先行事例がこの時点でまだほとんどなく、どんな風に実際の公演に漕ぎつけるのかいち観客としても想像がつかなかった。

 

カムカムミニキーナVol.69 劇団旗揚げ三十周年第一弾公演
『猿女のリレー』
日本劇作家協会プログラム
作・演出・出演:松村 武
出演:山崎樹範、藤田記子、未来、亀岡孝洋、長谷部洋子、土屋佑壱、野口かおる、富岡晃一郎、進藤則夫 ほか
期間:2020年07月02日(木)~07月12日(日)
会場:座・高円寺1

 

私が観たのは、初日の7/2(木)19時回と、千穐楽の7/12(日)14時回の2回。

 

高円寺駅から5分ほどの座・高円寺。入り口でのサーモグラフィーでの検温、入場時のアルコールでの手指消毒、整理番号によって分刻みで時間を細かく分けての客入れ、チケットはもぎらずカメラでの目視確認、といった厳重な対策の中を入場すると、客席は千鳥格子状にひとつおきに設定されており、その間の空き席にはそれぞれ、小道具の積み石のオブジェが置かれていた。賽の河原のように点在する石の間に座る私たちは、そのまま舞台世界の一部のようで、おかげでいつものカムカムでなら席ギリギリまで迫っている舞台が、感染予防のために少し離れたところにあることも、あまり気にならなかった。

 

『猿女のリレー』。天の磐戸の前で踊った俳優(ワザオギ)の元祖アメノウズメ、その子孫である「猿女(サルメ)」一族が、時間が絡まり人物も絡まりまくる中で、古代から中世へそして現在へと繋ぐ「サルメのカナメ」にまつわる物語。歴史に詳しくない私は、いつもながらそこに描かれていることのたぶん半分も消化できていなかったと思うけれど、ストーリーやテーマという以前に、生身の人間が目の前で話し、動き、歌い躍る、その熱や振動をその場その時間で共有することそのものが、私にとってかけがえのないことなんだ…!と思えた。ありとあらゆる表現が(感染症対策のためにやむを得ず)リモートの平面に畳みこまれることにすっかり慣れていた最近だったけれど、役者の身体が「そこにある」という手ざわり、手ごたえが、私には必要なんだと、揺さぶられるように思い出した。やっぱりそうだ、芝居って、役者って、人の生になくてはならない存在なんだよ、絶対に。そのことを私に最も感じさせてくれる劇団が、カムカムミニキーナなんだと思う。

 

それにしても驚いた。今回の芝居が、いつもとまったく変わらないカムカムミニキーナのお芝居だったから。リモート稽古の期間が長かったそうだし稽古場に入ってからもマスクやフェイスガードをしての稽古だったと聞いていたから、例えば美術や小道具の仕掛けはいっさい無くした簡素な舞台にするとか、台詞を減らすとか、登場人物の絡みを減らすような演出や脚本になるとか、何かしら「コロナ禍中」ならではのやむを得ない工夫や譲歩があるのかなと想像していた。ところがふたを開けてみたら、そこには一切、何も変わらないカムカムミニキーナがいた。台詞は多いわ、舞台上の人物同士は密でやりあってるわ、小道具は次から次へと出てくるわ…。いつもとの違いが意識されたのは、定員削減のための客席のひとつ空けぐらいだったけれど、それさえも冒頭に書いたように舞台美術のひとつかなと思わせられるようなつくりだったし。メインの舞台の両脇に、小道具が置いてあり役者が着替えもする“舞台裏”がオモテとなって広がっているという、野心をちっとも縮小しない舞台づくりもカムカムミニキーナらしかった。そして後から知ったのだけど、その「舞台上は」いつもと変わらないことをやる、ということに関しては、その手前での松村さんの確固たる思いと、これでもかというほどの感染対策の徹底があればこそだったのだよね。(その辺のいきさつを松村さんが後日語ってたことについてはまた別で書くかも。)このコロナ禍の中にありながらいつもと変わらない芝居が観られたのは観客としてうれしい驚きだったし、たぶん演劇界全体にとって、勇気づけられる知見となったのでは、と思う。

 

それにしてもカムカムミニキーナは、役者全員すごかった。そしていつもながらカムカムミニキーナは、客演さん遣いが最高だった。芝居の幕が切って落とされるや否や、長台詞でぐいぐい物語を進めていく松村武さんの敵なしの強引さに惚れ惚れ。すぐれた語り部が次から次へと場面を語り継ぐのもカムカムミニキーナのうっとりするところで、例えば、長谷部洋子さん、田原靖子さん、田端玲実さん(復帰待ってました!)の三人が舞台上にいる頼もしさったら堅牢な要塞のようだ。たくましくおどけ続ける猿女一族の面々も心に残った。薄っぺらなダンディズムを生きる凧さんの可笑しみとせつなさは、まさに山崎樹範さんの真骨頂と思えたし、未来さんが演ずるなまこの幼くグロテスクな美しさもとびきり印象的だった。いつもながらパワフルで面妖な藤田記子さんは他の追随を許さない疾走っぷりだけれど、それに相対する存在が舞台上にいるのも恐ろしいところで、客演の野口かおるさん!!とんでもなくチャーミングでプリミティブな魅力がはじけてて一気に魅了された。土屋佑壱さんの高貴さのうちに見え隠れする優柔不断さもリアルでよかったし、富岡晃一郎さんの笑顔で人を踏みにじる憎々しい人物像、それと対になる進藤則夫さんの非人間的な冷たさ、揃ってイヤな兄弟でとてもよかった。物語をそれぞれの方向に無限大に広げる中堅どころの腕前のよさも際立っていたし、あふれんばかりの可能性をキラキラさせる谷知恵さんらフレッシュなメンバーもよかった。挙げきれないけれど、舞台上にいた役者さん一人ひとりに2000字ずつの感想文書けるぐらいみんな途轍もなくいい。恐ろしいまでの(客演も含めた)劇団力、これがカムカムミニキーナなんだよな…。

 

「俳優(ワザオギ)」という存在と「伝えること、繋ぐこと」がど真ん中にあるこんな舞台を、「接触」と「表現」そのものが真正面から問われているこのコロナの時代に、よくぞ松村さんは書いてカムカムミニキーナは演じたものだなと思う。それはもう(カムカムミニキーナの舞台にいつも感じることだけれど)、松村武が伝えたいストーリー、表現したいテーマ、ということを超えて「今、伝えられなければならない何か」からの強い要請によって、役者たちの身体を借りてそこに生起するもののように思えた。そして、そのどこかから伝わる切実な「何か」を聞き洩らさず、体現できる特殊技能を持つのがワザオギなんだろうと思う。ラストの舞踏シーン、目の前の板の上で身体いっぱいに物語をみなぎらせて飛び跳ね踊る役者さんたちがそのまま、史実を、あるいは権力の目を欺いて偽りの物語の中に仕込んだ真実を、何とか人に「伝えよう」とリレーする猿女の末裔に見えて、涙が止まらなかった。誰でもじゃダメなんだ、役者の身体が必要なんだ。俳優は、ワザオギは、絶対的に世の中に必要な存在なんだ、と衝かれるように何度も思った。

 

もうひとつ、Twitterで書いたのだけれど、今回、松村武さんがリツイートしてくれるいろんな方の感想を読んでいると、同業者の、とりわけ若い役者さんの感想ツイや「バトンを受け取った」というつぶやきがとても多くて、まさに今この瞬間にも猿女のカナメはリレーされているんだな…と胸を熱くさせられることしきりだった。松村さんが常日頃、自分の劇団や近しい劇団はもちろん、大衆演劇だったりアイドル主演の舞台だったりあるいは市民劇だったりといったいわゆる小劇場以外のところでも、たくさん脚本を書き演出をし客演をしていることひとつひとつが、世の中に開かれた演劇のリレーの営みなんだな…と。まさに、頓服や凧さんがなまこに託したように。なまこが波奈備に伝えたように。猿女のカナメが次々手渡されていくあのシーンのように。

 

そして、太古から繋がれてきた「伝える」営為は、歴史を縦に貫く糸でありつつその時々横に広がる「面」でもあったはずで、その時代のその瞬間、猿女たちの語りを聞き舞を見て心奪われる私たち名のない観客もまた、傍観者なんかではない、リレーの参加者なんだな…と、この実感に揺さぶられた今回だった。私は演劇を「するほう」だったことは一度もないし、さほどたくさん芝居を観ているわけでもない不熱心な観客なので今までそんな風に思ったことは一度もなかったけれど。でも、ほんの2時間「観ただけ」でも、それはもう演劇の当事者なんだ、って。

 

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本当は公演の感想も全然書ききれていないし、千穐楽の30分後に配信のあったLINE LIVEやあとから届いて読んだパンフレットやカムカムミニキーナとは縁浅からぬ役者の清水宏さんのYouTubeチャンネルで松村武さんが語っていたことにもいちいち心がぐらぐらと動かされて、書きだしたら止まらないほど感想があるのだけれど…。この記事はいったんここで。

 

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